この記事は長崎を歩く(2)----興福寺について書かれています
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2008年05月06日

長崎を歩く(2)----興福寺

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長崎を歩くの2回目は、

興福寺を紹介します。

興福寺は国内最初の黄檗禅宗の唐寺です。

中国・明の商人が長崎と行き来を始めた頃に

渡来した中国人が、1620年頃航海安全を

祈願してこの地に小庵を造ったことに始まります。

なお、この時代は、幕府のキリスト教禁令が厳しく

長崎在住の中国人に対してもキリシタンの疑いが

かかったため、仏教徒であることを証明するため

にも、崇福寺、福済寺、聖福寺等とともに、唐寺が

つぎつぎに建てられいました。

なお、眼鏡橋を架設した黙子如定や南画の祖

として称される第三代の逸然等も住職として興福寺

に滞在しておられます。

最初に大雄宝殿です。(国の重要文化財です)

長崎を歩く(2)----興福寺

寛永9年(1632年)に黙子如定禅師が建立しました。

氷裂式組子の丸窓やアーチ型の黄檗天井が珍しい建物です。

鐘鼓楼です。(長崎県の有形文化財です)

長崎を歩く(2)----興福寺

寛文3年の市中大火のあとの元禄4年(1691年)に再建

されました。

媽祖堂【まそどう】です。(長崎県の有形文化財です)

長崎を歩く(2)----興福寺

崇福寺と同じく唐船主たちが海上安穏を祈願して

海の神様媽祖を祀ったものです。

魚板です。(ケツギョとも言います)「ケツギョの

ケツの漢字転換が出来ませんでしたので、カナで

書きます。」*ケツギョとは魚の種類です。

長崎を歩く(2)----興福寺
長崎を歩く(2)----興福寺



寺院の衆に飯時などを告げた江南のケツギョ

の木彫です。

1枚目が雄で口に玉を咥えていますが、玉

は煩悩をあらわすそうです。

2枚目は雌ですが、作りがかなり雑です。 (^O^)

樹齢400年の蘇鉄の木です。

長崎を歩く(2)----興福寺

重さに耐え切れないのか、つっかい棒が

されていました。なお、蘇鉄のハート型の実を持っていると

願いが叶う
って、お寺で

お土産品を売っている方が言ってました。

三江会所門(さんこうかいしょもん)です。

(長崎県の有形文化財です)

長崎を歩く(2)----興福寺

江南・浙江・江西の三省出身者が明治初期

に設立した集会所です。

豚よけの高い敷居が中国風に作られています。

これが豚返しの敷居です。

長崎を歩く(2)----興福寺

今は半分外しています。

豚返しの敷居の説明です。

長崎を歩く(2)----興福寺

斉藤茂吉の歌碑です。

長崎を歩く(2)----興福寺

斉藤茂吉は長崎に3年半、長崎医専(今の長崎大学

医学部)の先生として赴任されておられたそうです。

知っておられましたか?私は全然知りませんでした。

なお、歌碑は

「長崎の

 昼静かなる

 唐寺や

 思ひいづれば

 白き

 さるすべりの花」
と読んでおられます。

なお、興福寺は崇福寺から歩いて10分程度

の場所にあります。

静かなお寺です。

私が行った時は、ゆっくりと

ひなたぼっこをされておられる方

がいらっしゃいました。

ゆっくりした時間が流れる所です。

ぜひ、お越し下さい。


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